ぽんぽこ仮面は決意した。これまで、自身の移住生活をどうにかこうにかオモチロオカシク記事にして、いるかもわからない読者の皆さんに楽しんでいただきたいと思ってきたが、この文体で文章を書くのも誠に大変である。ネタも尽きてくる。さすればどうするか。人に話を聞けばいいじゃないか、と。そんなこんなで、雲南で暮らす人たちに取材をして、記事にしていくということを試みたいと、そう決意したのであった。
最初にぽんぽこ仮面の取材を受けてくれた狂った雲南市民は、移住して2年の板東沙耶香氏である。北海道札幌市で生まれ、東京で10年間過ごした後、真逆の雲南市に移住を決意した狂ったピアニストだ。さて、何を語るのだろうか。
札幌・東京を経て、雲南へ
―これまでの経歴を教えて下さい
板東さん 北海道札幌市で生まれ、高校卒業まで市内で過ごしました。東京音楽大学(以下、東音)への進学を機に、東京に移り住み、雲南市に移住するまでの約10年間は都内暮らしです。東京では、文京区・練馬区・清瀬市に住んだ経験があります。東音は大学院まで進み、卒業後はピアニストとしての活動の傍ら、某音楽教室で講師もしていました。
―都心部でのピアニストとしての活動で印象に残っていることはありますか
板東さん 沢山ありますが、特に思い出深いのは2つです。1つ目は銀座のグランブルーという小さなフレンチのお店でランチコンサートを企画させていただいていたこと。オーナーご夫婦がとても素敵な方で、いつも応援してくれていました。もう1つは、2022年に大阪で開催された『のだめカンタービレ展』で演奏をさせていただいたことです。憧れの作品のイベントだったので、その舞台で演じる側になれたことは言葉にできないほど感激でした。
人のあたたかさが移住の決め手だった
―華々しいご活躍をされていたように思いますが、なぜ雲南市に移住することになったのでしょうか
板東さん 一言で言えば、夫の仕事の都合ですね。島根県松江市でどうしてもやりたい仕事があるということで、本格的に検討をし始めました。住まい探しにあたっては、職業柄グランドピアノが弾けることが何より重要で。猫を飼っていたこともあって、家探しには苦戦したことを覚えています。そんなときに出会ったのが、雲南市のうんなん暮らし推進課の方々でした。当初、家を購入するという考えはなかったのですが、空き家バンクを紹介していただいて、選択肢が広がったんです。
―最終的に雲南市に決断した決め手は何だったのでしょうか
板東さん 人のあたたかさが大きかったように思います。家を見に来た時に、人生で初めて雲南市に足を踏み入れました。想像していた以上の田舎で(笑)。これまで札幌市・東京23区で過ごしてきた自分にとっては未知の世界。漠然とした不安に駆られました。でも、家を見る過程でうんなん暮らし推進課の方や家の前オーナーさん、移住者の先輩たちがとても親切にしてくれて。受け入れられている感覚がありました。不安もありましたが、人のあたたかさを感じ、ここでなら暮らしていけると決断できました。
―実際に住み始めて、雲南市での暮らしはいかがですか
板東さん 雲南市の人たちはとても優しいなと感じています。移住者として受け入れられている感覚がとても強くあって、居心地の悪さを感じることはありません。地域の餅つきや田植え、鍋などいろんなところでお誘いいただいて、楽しく暮らしています。隣の家のおばあちゃんとはたまに茶話会をしていて、お喋りしながらゆっくりする時間はとても心地よいですね。
―困ることはあったりしますか
板東さん 実は未だに車の運転免許を持っていなくて、好きなタイミングで行きたいところに行けないという点はストレスです。ただ、困っているときには地域の人や移住者仲間が車を出してくれたりして、助けられながら生活しているなと感じます。あとはお店が少ないことも不便に感じることもあります。本数は少ないんですけど、木次線の駅が徒歩圏内にあるので、たまに汽車に乗って松江市や出雲市に出て、買い物して発散しています。
東京と比べて、ピアニストとしての演奏機会が増えた
―では、雲南市での仕事についても聞かせてください
板東さん 自宅の一部をリフォームして、火水木の3日間はピアノ教室を主宰しています。週末は演奏活動を行いたいと思っていたので、教室は平日のみにしました。雲南市や島根県においては、ピアニストという職業の人が多くないこともあって、周囲の人が繋いでくれることが多いです。人と人との繋がりの中で、演奏機会をいただけていますね。東京ではピアニストも競争だったので、東京の頃と比べて、ピアニストとしての演奏機会も増えていると思います。
―雲南市や島根県での印象深い演奏はどんなものでしたか
板東さん tsukaruという泊まれるレストランでのランチコンサートです。移住者ご夫婦がオーナーのレストランで、移住者同士で企画してやれていることで思い入れも格段に違います。先ほどもお伝えしましたが、東京の銀座でもランチコンサートをやっていて、雲南市でもできないかなと思っていたんです。tsukaruにたまたまピアノがあって、ご飯もとってもおいしいので、ここで実現したいと感じました。
―どんな思いで企画されているのでしょうか
板東さん 雲南市のステキな四季の移ろいに合わせて、音楽と食のコラボレーションをしたら、楽しんでもらえるかなと考え企画しています。地元の人たちにとっては、地元の四季をわざわざ感じたりする機会って、歳を追うごとに減っているんじゃないかなと思って。五感で四季を味わう機会になってほしいですね。
ゆるやかに繋がり合い人の輪が広がっている感覚
―雲南市での暮らしの中で、どのように過ごしている時間が好きですか
板東さん 特筆するとすれば3つあります。1つ目は近所のippoというカフェでまったりお茶をしている時間。もともとカフェが好きなので、近所に1件ステキなカフェがあることは嬉しい誤算でした。2つ目は、夫が畑で育てている野菜を採れたてで料理して食べているときです。田舎暮らしならではですね。3つ目は満点の星空を眺めているとき。夜の星空がとってもきれいで、東京とは比べ物になりません。プラネタリウムみたいで、晴れている日は本当に絶景です。
―そんな暮らしをされている中で、変わったなと思う考え方や価値観はありますか
板東さん 人と関わるのって、いいなと思うようになったことは大きいです。そもそも沢山の人と関わるのがあまり得意ではなかったのが正直なところ。でも、雲南市での暮らしの中で、家族でも友達でも仕事の関係でもない、ゆるやかに繋がり合う人の輪が広がっている感覚があって。そのゆるやかな輪の中で生きていくことに、安心感や居心地の良さを抱くようになりました。大切にしていきたい繋がりだなと感じています。
―今後、どのようなことをやっていきたいと考えていますか
板東さん まだまだ漠然としていますが、ピアノハウスのようなものをつくりたいなと思っています。木で包まれた空間にピアノがあって。音楽をきっかけにして、人が集まったり繋がったりするような、そんな空間を雲南市につくることができたらいいなと思います。人の輪を紡ぐひとつの場になるといいなと頭の中でイメージしています。
―期待しています。ありがとうございました。
板東さん こちらこそ、ありがとうございました。
【ライター紹介】
ぽんぽこ仮面。京都府与謝野町出身、9年間東京で過ごした後に雲南市へ。
お風呂すき。サウナすき。キャンプすき。
毎日わくわくした大人でいたい教育業界の人。