空き家を探す

2023年10月04日
ぽんぽこ仮面

静かな静かな久野地区運動会


起きた瞬間から、胸が高鳴ってやまない。
ドックンドックンと鼓動が鳴る。
最早、我輩はアドレナリンの塊と化していた。
 
ついに来た。
この日が。
ついに来たのだ。
10月1日が。
昨日の雨が嘘かのような秋晴れだ。
 
 
何の日であるか。
そう。
何を隠そう10月1日は、久野地区の運動会なのだ。
何にも隠していない地区総出の一大イベントである。
 
もれなく我輩も選手登録が成されている。
下組の玉入れの選手だ。
 
この日のため、下組の英雄になるため、
イメエジトレイニングを毎日欠かさなかった。
玉を拾い、上へ、玉を拾い、上へ。
円滑にこの動きを取るべくスクワットも忘れない。
筋肉痛にならぬ程度に1日たったの3回をしっかりとこなした。
それ以上は疲れるので無理であった。
 
初夏に行われたゲートボール大会では、
不本意な姿を久野地区全域にお披露目してしまった。
悔いても悔いきれぬ記憶である。
実は悔いてもいない。
しかし、次こそは久野地区の強き戦士たちに、
我輩の強き背中を見せつけねばならぬ。
下組に強きぽんぽこ仮面ありと知らしめねばなるまい。
 
嗚呼、羨望の的となりたくて仕方ない。
嗚呼、拍手喝采を浴びたい。
そんな謙虚さの欠片も破片もない思いをもって、支度をした。
 
服装にも予断を許さない。
我が故郷、京都府与謝野町が生んだ英雄、
元プロ野球選手糸井嘉男氏の名が刻まれた、
WBC仕様Tシャツを身にまとう。
これで向かうところ敵なしであろう。
 
いよいよ、ハスラーのハンドルを手に取り、
エンジンをかけ、グラウンドへと向かう。
京都が生んだ英雄10-FEETの第ゼロ感を聞き、
モチベーションを最後の最後まで高め、ハスラーを走らせた。
いよいよ見えてきた、久野交流センターとグラウンド。
 
大変、静かであった。
 
 
何かがおかしい。
 
戦士たちでごった返していると聞いていた。
 
駐車場の数が足りなくなるかもしれないと聞いていた。
 
駐車場には、私のハスラー、ただ1台のみである。
 
どうしたことか。
 
戦士たちの姿はどこか。
 
日にちに間違いはない。
 
場所にも間違いはない。
 
嗚呼、どうしたことか。
 
前日に降った雨でできたグラウンドの水溜まりが、虚しく波打っていた。
 
一度、家に戻り、深呼吸をした。
そして、お隣の家のおばあちゃんに問うてみた。
 
「きょ、今日の運動会って…」
 
「ああ、なくなったみたいだねえ。昨日の雨でグラウンドがぬかるんでいて危ないからねえ。12時から下組のみんなで慰労会やるから、ご飯食べにおいでねえ。」
 
「ああ、あはは、そうですよねえ、危ないですよねえ。ご飯ありがとうございます。また後で。」
 
「はいはい、また後でねえ。」
 
大変なことである。
中止であったようだ。
全く、知らなかったのである。
 
聞いたところによると、地域の有線放送で、
前日には中止の放送がされていたようで、
我輩がムンムンと意気込んでいた昨晩中には、
皆、運動会がないことを知っていたようだ。

有線放送の機械を我輩は有していなかった。
盲点であった。
 
悔やんでも、下を向いていても仕方あるまい。
よくよく考えれば当然のことでもあるのだ。
昨日は土砂降り、グラウンドは相当にグズグズ、
ベテラン戦士の多いこの地域では、
戦士たちのケガには配慮が必要である。
そりゃもう当然中止にもなろう。
 
我輩は気を取り直した。
照準はこの後の慰労会へ。
 

はて、運動会もなかったのだが、何の慰労なのか。
いやはや、そこは問うてはいけないところだろう。
 
いざ、慰労会の場へ行ってみると
どこにそんな人がいたのか、40人もの戦士たち。
婦人部の皆さんが握った握り飯が並ぶ。
そして、お漬物、冷奴、オードブル、ビールに日本酒。
この上ない慰労会である。
 

聞いたことはないが、
食えば都とはよく言ったもので、
運動会があろうがなかろうが、
人と食らうメシはうまいものだ。
握り飯が心身に染み渡る。
 
日々トレイニングを行った自分を労い、
また来年の運動会に向けて、鍛錬を積もうと思うのであった。
 


【ライター紹介】
ぽんぽこ仮面。京都府与謝野町出身、9年間東京で過ごした後に雲南市へ。
お風呂すき。サウナすき。キャンプすき。
毎日わくわくした大人でいたい教育業界の人。