空き家を探す

2023年07月01日
ぽんぽこ仮面

百の足を持つ大怪獣との死闘


その日、私はひどくくたびれていた。
畳に倒れこみ、ピクリとも動くことができなかった。
それはもう、出汁を出し切った、くたくたの昆布の如し。
畳表のイグサとイグサの隙間にさえ、溶け込んでしまいそうであった。
へろへろである。
 
その横で、我が相棒猫は満足気に毛づくろいをした。
なにゆえ、そんなにへろへろなのか。
我をもっと撫で、褒め称え、そして愛でたまえ。
そう言わんばかりに、上から私を見下ろした。
 
そう、この夜は我が相棒猫が大活躍であった。
私も負けじと、獅子奮迅の働きを見せた。
このお話は、私と相棒猫による、大怪獣との死闘の物語である。
 

梅雨。
ザアザアと雨が地を打つ音が響いた。
つゆだくである。
 
その日、私はリモート勤務をし、
勤務が終了すると、ベッドへなだれ込み、
仰向けの状態でスマートフォンと天井を眺めていた。
特に大した情報も得られない、退屈であった。
 
我が相棒猫が私の上に飛び乗ってくる。
毎度、私のみぞおちに後ろ足を着地させる。
慣れないもので、そのたび「うっ」と何とも情けない声を一人部屋に轟かせている。
私と相棒猫の何ともほのぼの日常である。
 
飛び乗ってきた相棒猫、
いつもならそのまま撫でろと腰を下ろす。
しかし、この日違ったのだ。
私のみぞおちをさらに踏み台にし、
ベッドの脇の壁をジロリと見上げたのだ。
ハンターの目である。
強き者の目。
私もその先をほっそいほっそい目で追う。
 
余談だが私は目が一重でほっそい。
東京時代の同僚から、目の細さが故にシャー芯と呼ばれたこともある。
以上、余談であり自慢話であった。
 
壁の話に戻そう。
相棒猫のこの目。
それは野生の勘を取り戻した時のそれである。
この目の先には、大抵何かがいる。
 
百均の猫様用おもちゃか。
糸がほつれているか、紐的な何かか。
否、壁にそんなものがあるわけもない。
 
あるいは何かの生物か。
視線の先には、何も見つけられなかった。
壁中見渡せど、何もない。
 
私の裸眼視力は0.6である。
中途半端だ。書くほどのことでもない。
しかし、こんな近い距離で、
何かの生物も視野に捉えられぬほどではなかろう。
 
相棒猫が壁の傷か何かを動いていると勘違いしたか。
この間抜け猫め、なにもおらぬぞ。
それより、その今にも高跳びを遂行しそうなほど、
グイとみぞおちに踏み込んだ後ろ足をどけたまえ。
と、相棒猫を掴み、ベッドの下におろした。
 
そして、私は何事もなく、
またスマートフォンへ目をやった。
すると、すぐさままた相棒猫が飛び乗ってくる。
「うっ」
またかね、なんだいきみは。
なにもおらんというのに。
 
しかし、また相棒猫は壁を見上げる。
そして、いよいよ手を伸ばし、ハンティングを始め出した。
そのたびに私のみぞおちに負荷がかかる。
 
手を伸ばしバシバシとする。
手の先は、壁と柱の間の僅かに影になっている部分だった。
確かにそこは私も先ほど見えづらかった。
本当に何かいるのだろうか。
目を凝らす。
0.5mmシャー芯を見開き0.7mmくらいにはする。
 
※写真は事後に影の部分を撮影したもので、当時のものではない

するとどうだ。
何かいる。
細長い胴。
私の目のようだ。
足が何本も生えている。
私のまつ毛のようだ。
わずかにうねうね動くのが見えた。
あんな動き、私の目はしない。
触覚のようなものがピヨンと2本伸びる。
あんな長いまつ毛は私の目には生えない。
 
うねうねした動きと触覚がふわふわ揺れに相棒猫は目を奪われていたのだ。
 
そう、遂に現れたのだ。
百の足をもつ大怪獣が。
あろうことか、我が城のベッドの真上である。
 
大手柄である、我が相棒猫よ。
よくぞ見つけてくれた。
悲鳴にもならない悲鳴、しかし動かぬ我が身体。
一気に恐怖に駆られた。
しかし、この相棒猫が見つけなければ、
この部屋でなにも知らぬまま、
大怪獣と同居していたかもしれぬことを思えば、
やはり大手柄に違いなかろう。
 
一瞬、金縛りにあったかのようだった身体に、
ありったけの力を振り絞り、飛び起きた。
何をすればいい、冷静に判断ができない。
何をすればいい、わけもわからずあたりをブンブンと見渡す。
落ち着け、私。
落ち着け、相棒猫よ。ハンティングはやめたまえ。
 
相棒猫を隣の部屋に避難させる。
電光石火のごとく、階段を駆け下り、
アースジェットとバケツをとってくる。
壁にいる大怪獣と戦うのだ。
命を懸けた死闘である。
いや、しかし、戦いの末、
大怪獣がベッドに落ちたら私はもうここでは寝られない。
重いベッドを静かに素早く解体し、動かした。
 
私は幼き頃から、ウルトラマンに憧れている。
正義のヒーローだ。
今、ぽんぽこ仮面は仮面を外し、ウルトラマンとなる。
赤いアースジェットと右手に、左手は添えるだけ。
 
スペシウム光線を放つ。
しゅぅぅぅぅぅ~。
長く長く光線を放った。
こんなに長くスペシウム光線を放たれた怪獣もいないだろう。
ウルトラマンのスペシウム光線ならば
とっくに木っ端微塵にしているに違いない。
 
しかし、今日は相手が違う、大怪獣は身体をくねらせ、闘志むき出しだ。
私も応戦する。
しゅぅぅぅぅぅ~。
気持ちと気持ちのぶつかり合いだった。
 
ぽとり。
大怪獣は畳に落ちた。
バケツを被せる。
バケツの密閉空間に再度光線を放つ。
数分置き、動かなくなった大怪獣を火箸で処理する。
 
大怪獣退治に成功したのだ。
この間わずか数分のことだろう。
しかし、私には何時間も戦ったように思えた。
 

 
代償も大きい。
散らかりはなった部屋。
壁から跳ね返る光線を私も浴びている。
若干、気持ち悪さもあった。
そして何より、大怪獣とて命あった生物である。
死闘の末、命の重みが私にのしかかる。
 
相棒猫はというと、隣の部屋で早く撫でろと鳴く。
私は相棒猫の横にへたり込む。
命の重みの重圧と、死闘による疲れで心身ともにくたくただった。
ウルトラマンも沢山のものを背負って生きたのだろうか。
 
ただ、これが自然に囲まれた環境で生きるということである。
島根県雲南市という地で生きるということである。
これからもこれとともに生きてゆかねばならない。
 
雨が強く地を打ち付ける音が聞こえる。
私の心の疲れを洗い落としてくれるようだった。
 
私はひどくくたびれていた。
 
それでもなお、私の横で相棒猫は撫でろと鳴き、満足気な顔を見せた。




【ライター紹介】
ぽんぽこ仮面。京都府与謝野町出身、9年間東京で過ごした後に雲南市へ。
お風呂すき。サウナすき。キャンプすき。
毎日わくわくした大人でいたい教育業界の人。