ほっこり雲南 定住サイト
ようこそ、雲南市へ。

Iターン 雲南市大東町佐世 野中浩一さん・優子さん

移住を目指したきっかけは?

もともと自分の人生設計の中に、将来は自然の中の一軒家で暮らしたいというのがあったんです。
父が転勤族だったので、子ども時代は各地を転々とする生活でした。その影響があって、将来は田舎で、社宅ではない一軒家に住むという夢をいつも考えていました。

野中さんご一家(縁側にて)。
田んぼの向こうに赤瓦のご自宅が見えます。
自然を相手に元気に遊ぶお子さんたち。

なぜ雲南市だったのですか?

もともとは島根県内の別の土地に興味があり、また、出雲市内に父親の親戚がいたこともあってその家を拠点として物件を探し始めたのですが、都会の不動産会社のようにすぐには決まらなくて。
1か月が過ぎて焦りを感じはじめた頃に、新聞で雲南市大東町の田舎暮らし体験ツアーの記事を見かけ、「田舎暮らしを売りにしているくらいだから、定住もしやすいのでは」と思い、役場に連絡を取ったのが始まりです。

雲南に移住した「決め手」になったのは何でしたか?

やはり「住まい」がすぐに見つかったということです。定住推進員さんがていねいに応対してくれましたし、ちょうどタイミング良くすぐに住める家が賃貸物件として挙がっていたというのもあり、移住を決めました。
定住推進員の加藤さんには家主さんとの橋渡しをしていただきましたし、住まいが決まった後も、起業の相談に乗ってもらったりして本当にお世話になりました。

田んぼの風景はとてもきれいで、四季が感じられます。
一軒家に住んだら猫を飼うのが夢でした。
取材時は3月だったのでお雛さまが出迎えてくれました。

お仕事はどうされたのですか?

移住してすぐ、林業の支援講習を受け、チェーンソーや刈払機の使い方などを1カ月学びました。
その後、松江市のポリテクセンター(職業能力開発促進センター)に半年間通い、家をつくること、家具を作ることを同時進行で勉強しました。
島根で自分に何ができるか模索していたので、とにかく第一次産業にかかわることを学んでいったという感じです。
その後、起業家スクールに通いながら自分の足元を見つめ、松江市で起業してフリースクールの立ち上げ・運営を行ってきました。
起業から5年経った現在も、フリースクールの経営者兼カウンセラーとして活動しています。

雲南市に暮らしてみての率直な感想を教えてください

理想の田舎暮らしはありましたが、無理にそれに固執せず、ここでの暮らしに自分を修正し、適応させていったのが今の心地よい生活に結びついていると思います。
自治会の集まりや祭りなど、東京とは全く違うコミュニティーでの活動は新鮮で、とてもおもしろく感じています。
田舎では、集まって何かをするということよりも、「同じ場所と時間を共有する」ということが大事なのだと実感しました。
地域的なつながりは今後も大切にしていきたいですね。

奥さま優子さんの、移住しての感想はいかがでしょう。

「人ってやさしいな」としみじみ感じています。ご近所の存在がとてもありがたく、お野菜をいただいたり町のことをいろいろ教えてくださったりしています。
家を出れば子どもたちが自然に囲まれて遊ぶ場所もふんだんにあり、大きな声を出しても苦情を言われることもないし、大好きな猫も飼える。
時には子どもたちが自然の中での遊びを教えてくれることもあるんですよ。

普段の生活で困ったことはありませんか?

古い家に暮らしているので、ちょっとしたメンテナンスがなかなか難しいですね。
雪で瓦が1枚落ちたりしたとき、自分でさっと修理するということができたらいいなと思います。
冬はやはり寒いので雪かきは大変ですし、灯油代とガソリン代はかなりかかります。
どこにいても苦労はつきものなので、「大変だね」と言いながらも楽しくやっています。

これから地方で暮らしてみよう、という方に何かメッセージを

何もかも自分だけでやってやろう、と思うとうまくいかないことも多いかもしれませんが、人を信じて助けてもらうことも必要だと思えば、暮らしやすくなると思います。
近所には世話を焼いてくれる人も多いし、そういう方たちとのつながりを大切にし、「頼っていいんだな」という関係を築くことが大切だと実感していますね。
あまり肩肘張らず、ゆったりと構えて移住することがコツかもしれません。