空き家を探す

2024年03月27日
ぽんぽこ仮面

四季と音につかる

 
 ツンとした冷たい空気が雲南市を包むとある2月の日。しとしとと冷たい雨が降る中、雲南市木次町湯村地域にある『泊まれるレストランtsukaru』で、小さなピアノコンサートが行われた。主催したのは、2022年11月に東京から雲南市に移住をしてきたクラシックピアニストばんちゃんこと板東沙耶香氏(以下、ばんちゃん)。移住を決断する以前、一度tsukaru訪れたときに、自然と隣り合わせにある空間と美味しいお料理、穏やかで素敵なお人柄のオーナーご夫妻と出会い、「いつかここでクラシックコンサートをしたい」と思ったそう。
 tsukaruのオーナーご夫妻も移住者であり、今回のコンサートでは、移住者同士のコラボが実現することになった。「雲南の四季を楽しんでほしい。自分の住んでいる地域の四季を感じることってどんどん薄くなると思うから、改めて雲南の四季をゆったりと感じてもらえたら」と語るばんちゃんの思いから、今回のコンサートは『四季と音につかる』と題された。
 

 斐伊川が目の前を静かに流れ、山々に囲まれるtsukaruがこの日は満席で埋まり、冬をテーマに選曲されたピアノの演奏がはじまるとともに、料理が運ばれてくる。「大豆を使いたいと思っていた。この地域では、夏に枝豆を収穫し干して、この時期に大豆として活用されることが多い。その大豆を使った料理を提供したかった」とtsukaruのオーナーしほさんの言葉通り、料理ひとつひとつからも雲南の四季が感じられる。サティの『ジムノペディ第1番』がしっとり穏やかに流れる中、メイン料理のパスタが運ばれてくると、各テーブルは自然と笑みで溢れ、みんな嬉しそうに舌鼓を打つ。そして曲に合わせ、みんなの背中はゆるやかに波打つように揺れていた。
 クラシックコンサートといえば、大きなホールで荘厳な雰囲気の中、オーディエンスは物音ひとつ立てないように気を遣い、普段クラシックに触れる機会が少ない人にとっては、少しハードルが高い印象がある。しかし、『四季と音につかる』は良い意味でラフな場で、ばんちゃんの奏でるピアノの音色とともに、皿がテーブルに置かれる音やフォークやスプーンが食器を鳴らす音、楽しそうなこどもの声、そして斐伊川の流れる音や雨が地面を打つ音が交差していた。その場にいる誰しもが、気を張らずにゆったりとした気分で過ごすことができる空間がそこにはあった。
 
 
 デザートと食後のコーヒーを飲み終わるころ、演奏も終盤。ショパンの『ノクターン2、8、20番』に続き『幻想即興曲』が演奏され、『四季と音につかる』は終演。参加した人たちからは「闇に飲み込まれそうな冬の夜やツンとした寒い朝のこと、山陰の冬を思い浮かべながら過ごすことができた」「雲南でこぢんまりした空間で演奏を聞くことができてよかった」という声が聞かれ、どこかあたたかい表情で帰路に就くように見えた。
 都心部に比べて地方においては、アートや芸術へのアクセスハードルが高い。事実としてこれはきっとあることだろう。しかし一方で、今回のコンサートで感じられたことは、自然に囲まれた美しい景色や空気、自然の奏でる音が調和する場で生まれる芸術は唯一無二であり、都心部では生まれえない空間であったということだ。そして何より、ゆるやかにしかしながら親密に繋がりあう地域ならではのコミュニティの中で行われるコンサートは、どこか居心地がよく、肩肘張らずに芸術を感じられる場であったことはぜひお伝えしたい。
 

 ばんちゃんは演奏後、「地域のひとと関わりあえるのが、島根や雲南の良いところだと思う。地域の方と関わることができるコンサートが今後もできたら」と語った。また違う表情をもった雲南の四季を感じられるコンサートが、今から楽しみだ。今回の演奏の模様は動画でも掲載されている。おすそ分けさせて頂き、次回はこの記事を読む皆さんと会場でお会いできることを願うばかり。



【ライター紹介】
ぽんぽこ仮面。京都府与謝野町出身、9年間東京で過ごした後に雲南市へ。
お風呂すき。サウナすき。キャンプすき。
毎日わくわくした大人でいたい教育業界の人。